人に合わせることなく自分のペースで働けるのは、個人事業主のいいところ。でも、常に一人で仕事をしていては、いずれアイデアは枯渇してしまうでしょう。
そう考えた時に、誰かと会って話すことが新たなアイデアを生むというのは、なんとなく誰もが持っている実感のはず。とはいえ時間も限られているなか、誰と会えばいいのでしょうか?
これからの時代の働き方を考えるイベント『Tokyo Work Design Week』の中で、こうした課題を扱ったセッション「予防医学研究者・石川善樹、ビジネスネットワークの未来を語る」が行われました。今回はその内容をレポートします。
石川さんは予防医学者でありながら、ビジネスパーソン向けの講演や企業のアドバイザーとしても活躍しています。『友だちの数で寿命はきまる』、『疲れない脳をつくる生活習慣』といったビジネスジャンルに分類される著作も多数あります。
私たちに新たなアイデアをもたらし、成功へと導いてくれる人脈やビジネスネットワークの作り方とは?
◎石川 善樹
予防医学研究者/Campus for H共同創業者/Habitech研究所長
1981年、広島県生まれ。東京大学医学部健康科学科卒業、ハーバード大学公衆衛生大学院修了後、自治医科大学で博士(医学)取得。「人がより良く生きるとは何か」をテーマとした学際的研究に従事。専門分野は、予防医学、行動科学、計算創造学、マーケティング、データ解析等。講演や、雑誌、テレビへの出演も多数。NHK「NEWS WEB」第3期ネットナビゲーター。著書に『疲れない脳をつくる生活習慣』(プレジデント社)、『最後のダイエット』、『友だちの数で寿命はきまる』(ともにマガジンハウス社)、『健康学習のすすめ』(日本ヘルスサイエンスセンター)がある。
Contents
メールの返事をするために生きているわけじゃない
現在35歳の石川さんは、30歳を過ぎるまで、研究者の間でだけ人付き合いをしていたそうです。しかしそれではいけないと思い立ち、ビジネスパーソンや政治家などと積極的に会うようになったのが4年前。すると、大量のメールが届くようになり、多くのビジネスパーソンと同様、その返信に忙殺されることになります。
大量のメールが届くのは、交換した名刺にメールアドレスが記してあるからです。しかし日本のビジネスシーンにおいて、現状はまだ名刺交換は避けて通れない。やみくもにつながるのではなく、「誰と仲良くすればいいのか」を考えなければならないというのは、石川さん自身にとって切実な問題だったのです。
多様性のないネットワークは「つながり散らかしている」に過ぎない
石川さんによれば、動物がどれくらいの仲間とつながれるかは、脳全体に占める大脳新皮質の割合によって決まることが分かっているそうです。これをダンバー数と呼びますが、人間にとってのそれは150人程度だそう。
この150人はさらに、つながりの強さによって4段階に分けられます。最も強くつながれる人の数は古今東西変わらず、たったの5人。10人、35人、100人と輪が広がるにしたがってつながりは弱まり(ここまでを足すと150人)、その外にいる1500人がかろうじて名前と顔が一致する限界と言われています。
Facebookなどのテクノロジーの登場により、現代人の中には1500人を超えてつながっている人が確かにいます。しかし通常、量と質はトレードオフの関係にあると石川さんは言います。
トランプ次期米大統領の誕生を喜んでいる人が、あなたのTLにどれだけいたでしょうか? 全然いなかったという人は、そのネットワークは多様性がなく、質が悪いということになります。
人脈やビジネスネットワークの重要性を理解していない人は、もはやほとんどいないでしょうが、現状は、質が担保できずに「つながり散らかしている」に過ぎないということです。
新しいアイデアをもたらすのは、自分と共通項の少ない人である
ここでは、ネットワーク内に多様性があることが良いこととされています。あらためて、なぜ多様であることに価値があると言えるのでしょうか。
自分とは異なるアイデアを持つ人と会えば会うほど、いいアイデアが生まれます。逆に、すでに自分が持っているアイデアと近いアイデアしか持っていない人からは、得られるものが少ないと言えます。だからビジネスネットワークには、多様性が担保されている必要があるのです。
つまり、「あした誰と会うべきか?」という問いに対する一つの答えは、「できるだけ自分と共通項の少ない人」ということになります。
つながりにくい人をもつなげる人類の3つの発明
しかし、ここで問題が生じます。自分と共通項のない人の方が目新しいアイデアをもたらしてくれる可能性が高いけれど、共通項がないということは、その分つながりにくいということです。自分に新しいアイデアをもたらしてくれる人とは、どのようにして仲良くなれば良いのでしょうか。
そこで人間が発明したのが、「笑い」、「歌と踊り」、「物語と宗教」の3つです。エンドルフィンを分泌するこうした方法を生み出したことで、人はだんだんと壁を飛び越え、つながりの輪を広げていったのです。一緒に話していて笑えるのは3人が限界とされています。だからつながりたいと思ったら、まずは3人で一緒に笑うことです。
3人の人がいた時に、AさんとBさん、AさんとCさんはつながっているけれど、BさんとCさんはつながっていないというケースがありますね。このままだと、BさんがCさんの持つアイデアを手にするにはAさんを経由するしかありませんが、直接つながればもっと効率が良くなります。
「誰と会うべきか?」を考えたとしても、結局のところ身近な縁を伝うしかありません。だからまずはこうした「閉じていない三角形」を見つけて、仲介者を含めて3人で笑うことです。
専門分野は違っても、「問い」が同じであればケミカルは起こりうる
自分が専門とする領域とは違う他業種の人は、自分が持っていないアイデアを持っている可能性が特に高いはずです。しかしその分、つながりにくさも増してきます。石川さん自身もかつて、そうした難しさと突き当たったそうです。
この時痛感したのは、一つには、出会ってから自己紹介するようなレベルでは、他業種の人には相手にさえしてもらえないということです。業界内でだけ名前を上げても、一歩外へ出れば誰も知らない。そこにはまず自分自身が有名にならなければならないというハードルがあるということです。そう考えて、私はある時期まで取材の依頼は全て受けるようにしていました。
そしてもう一つ気付いたのは、ビジネスパーソンは結局のところビジネスに、政治家は結局のところ政治にどう役立つか、という視点で物事を見ているということです。先ほどのビジネスパーソンが私に対する興味を失ったのも、自分のビジネスとは関係のないやつだ、と判断したからでしょう。
ただし一方で、「こうした業種の違いを超えて、万人が関心を持つ問いも存在する」と石川さんは続けます。
テクノロジーでつながりの質を担保する試みは可能か
石川さんは昨年から、クラウド名刺管理のSansanと共同で、名刺交換のデータベースを活用したビジネスネットワークに関する研究を進めており、すでにいくつかの成果が出ているといいます。
例えば、先ほど取り上げた「閉じていない三角形」を探し出してつなげる仕組みや、名刺交換をする相手の持っているアイデアが、自分が持っているアイデアとどれくらい近いかを可視化する仕組みなどは、すでに実装を待つだけの段階まで研究が進んでいるそうです。
さらに、通常トレードオフになる「その人が持つアイデアの新しさ」と「会いやすさ」を、ちょうどいいバランスで実現するための仕組み『ヒトナビ』の研究も進めており、こちらはWIREDが主催するクリエイティブハックアワードにもエントリーしています。
そして、その先には「平和」というものも見えてきます。私が考える平和とは、多様な人が共存すること。ネットワーク内の多様性を担保する『ヒトナビ』は、平和の実現にも貢献しうると思っています。
まとめ……ではなく余談
今回の記事では、セッションのメインテーマである「ビジネスネットワーク」に絞ってレポートしました。これだけでも十分に学びがあり、知的好奇心がくすぐられる内容だと思います。
ですが、実際のセッションは他にも「寿命100歳時代の生き方・働き方」、「考えるとは何か」、「四則演算のどれから子供に教えるべきか」など、それ一つで記事が1本作れるようなさまざまなテーマを行ったり来たりしながら、ダイナミックに進んでいきました。
時に仁王立ちし、時にホワイトボードを使い、会場を爆笑の渦に巻き込み続ける石川さんのセッションは、非常にパワフルなものでした。機会があるのであれば、ぜひライブで聴くことをオススメします(レポート記事の書き手としては職務放棄かもしれませんが)。
そうしたなかでも個人的に特に印象的だったのは、セッションの冒頭で語られた、石川さんがなぜ予防医学を志したのか、予防医学者がなぜビジネスネットワークの研究をしているのか、という話です。
石川さんは子供の頃にお父さまから、「世の中に奉仕をする仕事に就け。奉仕の仕方には結局のところ3つしかない。それは人々を健康にするか、幸せにするか、世の中を平和にするかのいずれかだ」と教わったそうです。その教えに従う形で石川さんは予防医学の道を選び、そして今もさまざまな領域を横断しながら、自分の立てた「問い」と向き合い、研究の日々を送っているといいます(会場にはご両親もいらしていて、お父さまが登壇するハプニング?もありました)。
上記のようなポイントを抑えて作り上げたビジネスネットワークが本当に価値を持つのも、結局のところ、人生におけるテーマが定まっていればこそ、と言えるのかもしれません。
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