The post 「相手のために、世の中のために」仕事の本質はコロナ禍でも変わらない【ライター編】#はたサバ first appeared on ソロプレナー(一人起業家)のウェルビーイングをととのえるメディア:SoloPro.biz (ソロプロ)」.
]]>・コロナ禍の不安定な時代でも仕事の本質は変わらない
・オンラインで仕事ができるようになり、働き方や暮らす場所をより選べる時代に
・SNS発信や記事の企画提案は、独りよがりにならず相手が求めていることとの一致点を探す
コロナ禍で変化が目まぐるしい日々が続く今。
仕事やキャリアに不安を覚えている方や、なんか元気になる場がほしいと思っている方、そして、未来に向けて自分にあった働き方の戦略を探っている方もいるでは……?
そんな背景もあり企画・開催したオンラインイベント『With/Afterコロナ時代の働き方サバイバル戦略(#はたサバ)』。
2020年5月25日の会のゲストは、ライター界隈に精通するお二人、ブックライター上阪 徹さんとイギリス在住ライター・インタビュアー鮫川 佳那子さん。そして、このメディアSoloProの編集長兼ライターの松田然(もゆる)もスピーカーとして参加しました。
「コロナで変わったこと」「どんな状況でも変わらない仕事の本質」などを伺いながら、With/After コロナ時代の働き方戦略について考えていきます。
| ■ブックライター上阪 徹さん
1966年、兵庫県生まれ。89年、早稲田大学商学部卒。 アパレルメーカーのワールド、リクルート・グループなどを経て、94年よりフリーランスに。幅広く執筆やインタビューを手がけ、これまでに取材した著名人は3000人を超える ブックライターとして、これまで100冊以上の書籍を執筆。携わった書籍の累計売上は200万部を超える。 『職業、挑戦者〜澤田貴司が初めて語る「ファミマ改革」』(東洋経済新報社)、『サイバーエージェント 突き抜けたリーダーが育つ仕組み』(JMAM)、『幸せになる技術』(きずな出版)、『マイクロソフト 再始動する最強企業』(ダイヤモンド社)、『JALの心づかい』(河出書房新社)、『社長の「まわり」の仕事術』(インプレス)、『明治大学はなぜ女子高生に人気NO.1の大学になったのか?』(東洋経済新報社)、『10倍速く書ける 超スピード文章術』(ダイヤモンド社)、『成城石井はなぜ安くないのに選ばれるのか?』(あさ出版)、『職業、ブックライター。』(講談社)、『成功者3000人の言葉』(飛鳥新社)、『書いて生きていく プロ文章論』(ミシマ社)など著書は30冊を超える。 インタビュー集に40万部を超えた『プロ論。』(徳間書店)シリーズ、『外資系トップの仕事力』(ダイヤモンド社)シリーズ、『我らクレイジー★エンジニア』(講談社)など。 2011年より宣伝会議「編集・ライター養成講座」講師。2013年、「上阪徹のブックライター」塾開講。 雑誌、ウェブでは、AERA「現代の肖像」などで執筆。 |
| ■イギリス在住ライター・インタビュアー鮫川 佳那子さん
茨城県・福島県出身。 青山学院大学フランス文学科卒業後、サイバーエージェントに入社し広告制作・メディア編集・イベント企画運営に携わる。 2015年より夫の海外転勤がキッカケでニューヨークにて4年暮らし、渡米後はライターに転身。書籍の企画・取材・執筆やインタビュー記事、コラムの執筆を始める。 また、ライターはインタビューをして記事や本などのコンテンツにまとめる仕事。 そのスキルを活かし、様々な仕事に発展。 たとえば、世界で活躍する「こんまり」こと近藤麻理恵さんのオンラインサロン運営やメルマガの執筆。 実業家で作家である本田晃一さんの、毎月開催されるオンラインセミナーでのインタビュアー。 作家の宮本佳実さんや、女性起業家の藤井あやさんの、オンラインサロン内ラジオ番組でのインタビュアー。 そして、マレーシアのニュース番組でも、インタビュアーを務めている。 また海外在住の女性や、海外に興味がある日本在住女性が1100名以上所属するオンライン・コミュニティ「海外オトナ女子部」を主宰し、イベント企画運営も行う。 最近はライター・インタビュアーのかたわら、イラストレーターの仕事もスタート。パンケーキミックスのパッケージのイラストをはじめ、挿絵、ペットの似顔絵、4コマ漫画などの制作も行っている。 文章を書くコトも、人の話を聞くコト(インタビュー)も、絵を描くコトも、子供の頃から大好き。いつの間にか大好きなコトが仕事になっている。 2019年の秋よりイギリスのオックスフォードへ引っ越し、現在はイギリス在住。 ▼鮫川佳那子のSNS情報はコチラ |
| ■ライターカンパニー「合同会社スゴモン」代表・SoloPro編集長 松田然
1980年東京生まれ。大学でスポーツマーケティングを専攻し、卒業後はカナダやアメリカのスポーツチームやスタジアムを1年間放浪旅(カナダではワーホリビザでNBAやMLBのスポーツ施設で働いていました)。 新卒でスポーツ業界の新規事業担当を経て、2007年に未経験からライターとなる。その後、リーマンショックが起こり激務の社畜時代を経験し、ココロの筋肉が付く。2010年に独立し、ライターになってから現在に至るまで13年で4000人以上を取材し、ライターカンパニー「合同会社スゴモン」代表を務める。 いろいろな人の働き方や生き方に触れたことで、”自分の旗を立てる「働き方」のサードプレイスSoloProを運営し、メディアやコミュニティ作り、キャリアコーチングなども行っている。 趣味では、自転車旅人としてリモートワーク をしながら47都道府県を走破し、その際に出会った全国の仲間と一緒にプロジェクトを動かし、地方の働き方支援(行政と連携した取り組み)、各種メディアでの情報発信や場づくりなども行う。 総じて、働き方をいろいろ実験している人なので、今のところ肩書きは「働き方実験家」。 |
※記事の内容はイベント開催日の2020年5月25日時点です。状況は日々刻々と変わっているので参考までに。



リーマンショックをライターとして経験していたからかもしれませんが、いろいろ危機に備る必要があると考え、今回開催している「With/Afterコロナ時代の働き方を考えるイベント #はたサバ」の企画・準備をしたり、お金の管理方法や出費を見直し、月額サブスクリプションのサービスを解約したり、国からの助成金・給付金を調べて申請したりと忙しく動いていました。
ライティングの仕事に関しては、リモートワークの普及で伸びている働き方支援関連の企業やクラウドや金融関連のIT企業からの仕事依頼が多くなりました。その反面、全く音沙汰がなくなったクライアントもあり、今後も受託案件は当分減っていくのではと思っています。
鮫川さんはいかがですか? イギリスに在住なので、日本とはまた違う点もあると思います。

たとえば。。。
などです。
実はライターの仕事って細分化すると、「企画」「インタビュー」「執筆」「発信」と、他の仕事にも活かせる 要素がたくさんあるんですよね。コロナ禍を機に、そういったライターのスキルを活かせる仕事も増えてくるんじゃないかな、と感じています。




でも今のご時世、クライアントの方から「来社せずにリモートでお願いします」と言われるように。もう、東京にいないと仕事ができない! なんてことは少なくなるかもしれませんね。暮らす場所がどこであれ、良い仕事ができれば自分らしい生き方をしていくこともしやすい世の中になっていくかもしれませんね。






仕事の目的は、人の役に立つことです。お金をもらうことではありません。どうやったら生き残れますか? とよく聞かれるんですが、ライターの仕事を始めて25年間、考えてきたのは、編集者や読者のために目の前の仕事を一生懸命やることだけでした。間違える人が少なくないのですが、ライターの仕事は、自分が書きたいことを書く仕事ではありません。読者に求められているものを書く仕事です。読者はどんなことを知りたいのか? 編集者は何を求めているのか? 常に探求していかないといけません。「こんな仕事がしたい」「認められたい」「稼ぎたい」と、自分の欲ばかりを考えて戦略的に仕事を得ようとしても、あまり上手くいかないんじゃないかな。
鮫川さんがチャンスをどんどん掴んでいるのは、何のために仕事をしているか? という本質がブレていないからだと思う。いつも誰かの役に立ちたいと思っているでしょう?






コロナ禍でも同じですよ。起きている出来事は変えられない。どんな状況であれ、一本一本の仕事を手を抜かずに積み重ねていく。 その上で新しい変化に対応できる体力をつけておく ことが大事だと思いますね。












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]]>「自分のやりたいことを仕事にしよう」と独立するも、フリーランスは会社員とは違い、毎月決まった額のお給料が入ってくるわけではありません。そのため、食べていくのでやっとという人、将来が不安で休みも取らず働き続け、疲弊してしまう人も少なくないと聞きます。
しかし一方で、経済的にも豊かに楽しく働く人も、たくさんいらっしゃいます。両者の違いは一体何なのかーー。
ということで今回は、20年以上フリーランスのライターとして活躍する上阪徹さんにインタビューを企画。今や会社員時代の何倍もの収入を得られるようになり、公私ともに充実した日々を過ごされている上阪さんですが、実は20代にどん底だった過去を持ち、その経験が今に活きていると言います。そこで、これまでどのような道のりでキャリアを築かれていったのかお話を伺いました。
そして最後には、3000人以上の成功者を取材してきた上阪さんが感じる、『独立してうまくいく人の共通点』についても教えていただきました。
※2017年に取材・制作した記事を一部編集しております。
| 上阪 徹 1966年、兵庫県生まれ。89年、早稲田大学商学部卒。 アパレルメーカーのワールド、リクルート・グループなどを経て、94年よりフリーランスに。 幅広く執筆やインタビューを手がけ、これまでに取材した著名人は3000人を超える ブックライターとして、これまで100冊以上の書籍を執筆。 携わった書籍の累計売上は200万部を超える。 『職業、挑戦者〜澤田貴司が初めて語る「ファミマ改革」』(東洋経済新報社)、『サイバーエージェント 突き抜けたリーダーが育つ仕組み』(JMAM)、『幸せになる技術』(きずな出版)、『マイクロソフト 再始動する最強企業』(ダイヤモンド社)、『JALの心づかい』(河出書房新社)、『社長の「まわり」の仕事術』(インプレス)、『明治大学はなぜ女子高生に人気NO.1の大学になったのか?』(東洋経済新報社)、『10倍速く書ける 超スピード文章術』(ダイヤモンド社)、『成城石井はなぜ安くないのに選ばれるのか?』(あさ出版)、『職業、ブックライター。』(講談社)、『成功者3000人の言葉』(飛鳥新社)、『書いて生きていく プロ文章論』(ミシマ社)など著書は30冊を超える。 インタビュー集に40万部を超えた『プロ論。』(徳間書店)シリーズ、『外資系トップの仕事力』(ダイヤモンド社)シリーズ、『我らクレイジー★エンジニア』(講談社)など。 2011年より宣伝会議「編集・ライター養成講座」講師。2013年、「上阪徹のブックライター」塾開講。 公式HP:http://uesakatoru.com |
20代は、リクルート・グループでコピーライターをしていました。当時の私はとにかく自己顕示力が強くてギラギラしていて、広告の賞が取りたくて取りたくて仕方がなかった。そんな会社員でした。でも、どんなに努力しても、賞をかすめるくらいしかできませんでした。思うような実績も上げられない、思うような給料も得られない……自分はコピーライターには向いていないんだと諦めて転職したら、その会社がなんと3ヶ月で倒産し、失業してしまいました。28歳の時です。
地位も名誉も財産も、さらには職まで失って、人生どん底まで落ちました。住んでいたマンションのベランダで、ぼんやり空を眺めていたのを覚えています。貯金もほとんど底をつきかけ、いよいよ追い詰められたとき、一本の電話がかかってきました。リクルート時代にお世話になった人でした。大丈夫か、と問われて、大丈夫じゃないです、と答えたら、怒られました。まず、大事なのはお金。今すぐ丸井に行って、丸井のカードでお金を借りて会社まで来い、と。
お金がありませんでしたから、当時住んでいた目白から新宿の丸井まで歩いていって、丸井のカードで20万円を引き出しました。実は、これが後の独立資金になるんです。
当時リクルートは会社を辞めて半年間は、フリーランスとして独立できないという決まりがありました。でも、お金に困っているだろうから、と週払いのアルバイトを提案されました。時給850円です。ただ、さすがに以前所属していた広告の部署でアルバイトをするのは恥ずかしいだろうから、と計らってくださって、わざわざ別のフロアにある編集の部署を紹介してもらえたんです。仕事は、アンケートの袋詰めなどの雑用。自分より若いアシスタントの女の子に顎で使われる日々。ちょっと前まで、まがりなりにもクリエイターとして仕事をしていたわけですから、もうプライドはズタズタでした。でも、それが現実だったんですよね。真面目にクサらず働きました。
この時わかったのは、見ている人はしっかり見ている、ということです。フリーランスとして独立する際、もともと私は広告畑の人間だったんですが、雑用の仕事も手を抜かずに頑張ってくれていたから、と編集部門の編集長が声をかけてくださり。ここから、それまではやったことがなかった編集系の記事を書かせてもらえるようになったんです。フリーになって、仕事の中心は古巣の広告部門からがほとんどでしたが、このアルバイトの小さなご縁が、後にたくさんの雑誌やウェブ、さらには書籍の仕事に繋がっていくことになるんです。
悲惨な失業を経験していましたから、何より痛感したのは、お金を稼ぐということの大変さと大切さでした。だからこそ、独立して感じたのが、お仕事をいただけることの有り難さでした。そのまま、フリーになりたくてなっていたら、こうはなっていなかったと思います。結果的には、悲惨な経験がプラスになりました。
もう1つ、失業していた期間に、世の中に必要とされていないことが、いかに辛いかということも実感していました。それも併せて、仕事をいただけることが嬉しくて嬉しくてしょうがなかった。だから、とにかく1つ1つの仕事を大切にしよう、一生懸命やろうと思うようになりました。
自分のために働くのではなく、仕事をくださった方、その向こうにいるクライアントや読者のために働こう、と。そうしたら、人生の大転換が起こったんです。
面白いもので、ギラギラをやめて、誰かのために働こうと思っただけで、欲しくてたまらなかったいろんな賞を、次々といただくようになりました。考えてみたら当然だったのかもしれません。自分のためだけに働いている人間は、まわりから見ればすぐにわかるわけです。よこしまな心は見抜かれるんですね。逆に、誰かのために働いている人間もすぐにわかる。
仕事もどんどん舞い込むようになりました。20代の頃には考えられないぐらい、30代になって人生が驚くほどうまく回り始めたんです。収入もどんどん上がっていきました。フリーランス数年で年収は1500万円、2000万円と上がっていって、5000万円近くになることもありました。会社員時代の何倍もの収入を得ることができるようになっていったんです。
一連の経験を通して、とにかく学んだのは、「人のために働けば、必ず自分に返ってくる」ということでした。
そういうフリーランスのスタートでしたので、いただける仕事は基本的に何でも引き受けていました。もともと人材採用広告の出身でしたが、結婚情報誌「ゼクシィ」など、女性のコピーライターのほうが向いているんじゃないか、と思える仕事も声がかかれば引き受けました。でも、これが不思議なもので、その仕事をお声がけくださった方がその後、独立情報誌「アントレ」の編集部に異動になったりするわけです。「今度は上阪さんが得意なジャンルの仕事だと思いますよ」とまたお声がけくださって。ここでたくさんの起業家にインタビューさせてもらったり、編集企画に携わったりすることができて、書くキャリアの大きな転機となる仕事になりました。こんな仕事に出会えたのも、「ゼクシィ」の仕事を「これは自分の仕事ではない」などと思わず、お受けしたから、だったんだと思います。
単価が大きくない仕事でも、クサったりすることなく、一生懸命やっていました。実は単価が大きくないことは、依頼主もわかっているんです。だから、申し訳なかった、と思われたのか、のちに単価が大きな仕事を出してくださったり、別の編集部の方を紹介してくださったりすることも少なくありませんでした。
実はこういうことって、いっぱいあるんですよ。私は基本的には、仕事を選り好みしませんでした。「ちょっとこの仕事は……」と思うような仕事でも、依頼いただけることに感謝して頑張ろうと思っていました。そうすると、それが新たな仕事につながっていったりするわけです。
経験上、「これはちょっと……」と思う仕事ほど、先入観を持たずに引き受けた方がいいような気がしますね。そういう仕事ほど実はチャンスが潜んでいる。
やりたい仕事だけやっていたら、やりたい仕事で終わってしまう。私はそう思っています。自分で仕事を選ばなかったおかげで、私は自分が想像もしなかったような、びっくりするような未来に連れていってもらえた。選ばないほうが、面白い未来が待ってたんですよ。
シリーズ累計40万部のヒット作となったインタビュー集『プロ論。』が出版されたのは、2004年でした。これも私にとって想定外の出来事でした。
最初のきっかけは、失業時代のアルバイトにさかのぼります。同じフロアに就職情報誌の「B-ing」の編集部があって、編集長と話す機会があったんです。「記事の得意分野はある?」と聞かれて、「特定の得意分野はないですが、取材が好きです」と答えました。コピーライターとして採用広告を作っていましたが、クライアントの社長や人事部長のインタビューによく行っていたんですよね。それを覚えてくださっていた編集長から、フリーになって1年くらいして、ベンチャー企業の社長インタビューの企画を頼まれたんです。これが、とてもいい誌面になって。それがきっかけでインタビュー連載をもらうことができて、その後、『プロ論。』の連載につながっていったんです。
『プロ論。』は、ビジネス、芸能、スポーツ界など様々なジャンルで活躍している著名人のインタビュー連載でした。彼らから、いい仕事をするためのヒント、さらには人生を生き抜くヒントや実体験を聞き、記事を書くのが私の仕事でした。
いろんな分野の超一流と言われる、そうそうたる方々にインタビューさせていただいて、何より驚いたのは、みなさん一人の人間としてとても素晴らしい方ばかりだったことです。どんなに実績がある方でも、偉ぶったりする人はいませんでした。腰が低く、謙虚で、一生懸命で、サービス精神旺盛な人が多かった。その印象が、とにかく鮮烈でしたね。ああ、成功している人たちって、みんなこうなんだ、と。これは、実際に会ってみないとわからないことだと思います。
そんな彼らから聞いた仕事哲学、人生を生き抜くヒントは、私自身、大きな学びになりました。普段は会えないような人たちなわけです。しかも1時間も時間をもらえる。それこそ、仕事を忘れて聞いていたことも少なくありません。そうやって聞き出した話でしたから、もう読者に伝えたくて仕方がないわけです
では、最も効果的に読者に伝えるには、どうすればいいか、考えました。普通に記事を書いても、取材で感じたインパクトは伝えられないと思いました。そこで私は、毎回記事を書く度、「この人の記事なら、どんな読者に一番読んでもらいたいか」をとことん考えました。笑福亭鶴瓶さんの話を聞いて喜びそうな人は、どんな人だろう。古舘伊知郎さんだったら、どんな人だろう……。それこそ、カルロス・ゴーン社長の話を喜ぶ人と、秋元康さんの話を喜ぶ人は違うわけです。だから毎回、ターゲットを具体的に思い浮かべて書いていました。
そうすると、やっぱり刺さる人にしっかり刺さるわけですね。リクルート社内からも「この連載は面白い!」と評価いただき、結果的に紙のメディアとして休刊になるまで、5年以上も続く人気連載になりました。
個人的に、これは絶対いい記事だという自負がありましたが、編集部でも評価してくださって、まとめて本にしてはどうか、と言っていただきました。リクルートのメディアでは、こうした連載をまとめるのは、かなり珍しいことでした。
そこで、すでに書籍の仕事でご一緒していた出版社の方に話したら、インタビュー集として刊行していただけることになりました。ただし、初版は少ないけどいいかな、と。実際、6000部からのスタートだったんです。これが刊行後、なんの宣伝もしていないのに、渋谷のブックファーストでいきなりランキング1位を獲得したりして。そこから一気に火がついて、25万部まで売れていきました。その後シリーズ化されて、累計40万部の大ヒットに繋がりました。
書籍の仕事はその後、多方面で増えていき、他の著書の本を取材して書き上げるブックライターの仕事もすでに60冊以上、私自身の著書も20冊以上になっています。
実は私は、いずれ本を書きたい、などということはまったく考えていなかったんです。その時その時にあった、目の前の仕事を一生懸命やってきた。そうしたら、思ってもみない本の仕事をいただけるようになった。それだけなんです。チャンスって思ってもみないところからやってくるんです。そういうチャンスを掴むためにも、私が心がけていたのは、常に目の前の仕事を精一杯やること。相手が期待していた以上のものを返していくこと。それだけでした。
私は独立してから、いわゆる営業というものをしたことがありません。リピートやクチコミでお仕事をいただいてきました。ただ、仕事を得るために意識してきたことはあります。
私の今の仕事相手は、多くが編集者さんですが、彼らは日々、売り込まれる仕事なんですよね。いろんな人から、売り込まれてばかりなんです。だから、どうなるのかというと、自分で見つけたくなる。私はそう思っています。だから、見つけてもらうのがいいんです。
彼らが信頼している方に紹介していただくことも一つ。また、今はインターネットなどのツールがありますから、上手に利用するのもアリだと思います。例えばSNSで繋がって、「最近こんな仕事をしました」という投稿を積極的にする。そうすれば、見てくれる可能性もあるでしょう。SNSがない頃は、私はメールのフッターに、手がけている企画や連載、関わった本などの情報を記載し、さりげなく気づいてもらえる様にしていました。実際それがきっかけで、仕事が来たこともありました。
どうすれば本が出せますか、という問いもよく聞くんですが、もし編集者さんに書籍の企画を提案したかったら、ひとつアドバイスがあります。それは、自分の希望を言う前に、まずは相手の話を聞くことです。相手が何を求めているか分からないのに、適切な提案はできない。相手は過去にどんな本を作ってきたのか。これからどんな本を作りたいのか。相手のニーズこそ、徹底的に聞いた方がいい。そして聞いた後に、「あっ、こんなアイディアがあるんですが、いかがでしょうか?」と初めて企画を出すんです。
自分でやりたいからと、いきなり「こんな企画があるんですが」と、もしかするとその編集者さんにとっては見当違いのものを出されたら、困ってしまうでしょう。でも、いろいろニーズを聞かれ、本づくりに対して真剣な姿勢を理解してもらった後に、もしドンピシャな企画を、あるいは面白そうな企画を出されたら、誰だってちょっとは興味を持つと思います。評価するのは、あくまで編集者さん。ここでもやっぱり「相手のために役に立ちたい」というスタンスでいることは重要だと思います。
フリーランスとして独立して20年以上経ちました。これまで大変なことも色々ありましたが、20代で失業して仕事がなかったあの頃に比べたら、大抵のことは何でもないと思っています。
あのときの凹みが大きいから、後の膨らみも大きくなったんだと今は思っています。もし20代のギラギラの時に絶好調で、コピーライターとして賞も取りまくってフリーになっていたりしたら、今の私は絶対にいないですね。一流のコピーライターだと勘違いし、鼻持ちならない奴になっていたでしょう。その呪縛から逃れられず、「こんな仕事受けられるか!」と仕事を選り好みしていたかもしれない。そうなったら、コピーライターという幅から広がっていなかったと思います。
私はこれまで3000人以上のトップランナーを取材してきましたが、ひとつ気づいたことがあります。それは、自分のために働いている人は少ない、ということです。ソフトバンクの孫正義さんも、ユニクロの柳井正さんも、自分のためにだけ働いていたなら、もうとっくに引退しているでしょう。アートディレクターや建築家などのクリエイターも、実はお客さまのニーズに応えることが、まず第一なんです。そういう姿勢で働いているから、多くの人が応援したくなるんだと思います。
働くとは、人の役に立つこと。そして、これこそが働く醍醐味なんですよね。それをわかっていないと、お金や権力の誘惑にとらわれてしまう。やがては、仕事が離れていってしまう。そんな可能性も高いと思います。自分のための仕事は、所詮、自分のための仕事に過ぎないんです。超一流の人たちは、そんなことはしないんです。
どうして自分に仕事が来ているか理解し、相手のため、世の中のために一生懸命働く。そして、より大きく役に立つために、自分のスキルを高めていく。そういう人が独立後も活躍し続けられるし、経済的にも豊かになっていくのだと思います。
【上阪さんの著書】
| 【イベント開催!】
After/Withコロナ時代の働き方サバイバル戦略 5/25(月)21時〜@オンライン【ライター編ゲスト:上阪 徹さん、鮫川 佳那子さん】#はたサバ
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]]>The post フリーランスにとっての「お金」とは。1年目にぶつかった壁を振り返る。 first appeared on ソロプレナー(一人起業家)のウェルビーイングをととのえるメディア:SoloPro.biz (ソロプロ)」.
]]>こんにちは。新潟県でフリーランスのライター・編集者として活動している佐藤英太です。フリーランスとしての活動も4年目を迎えましたが、仕事に対する悩みや不安は尽きません。
それでも仕事を紹介してもらえたり、思い通りの結果を出せたり、少しずつ成長している実感もあります。
そこで、ぼくがフリーランスとして最初にぶつかった問題を紹介したいと思います。テーマは「フリーランスとお金」です。
フリーランス1年目、ぼくは長野県松本市のゲストハウスに住み込みながらライティングの仕事をもらって細々と暮らしていました。まだまだひよっこで、この先やっていけるのだろうかと不安でした。
ゲストハウスでさまざまな国の人たちと交流することは楽しかったのですが先のことを考えると、「就職したほうがいいのだろうか、しかしなんのスキルも実績もない自分が会社に受かるとは思えない、もう少し書く技術を磨いたほうがよいのでは? しかし収入が増えるイメージもわかない……」
などと悶々とし、胸が苦しくなり、不安でいっぱいでした。
そんなときに「お金はいったいどこからやってくるのか?」という問いがうまれます。フリーランスとして活動する前は岐阜県にある温泉旅館で働いていて、お金(お給料)は旅館を経営する会社からもらっていました。ライターの仕事では、執筆への対価として。
でもこのお金って、いったいどこからやってくるものなのか。シンプルに考えれば、仕事に対する報酬がお金です。するとこんどは「では仕事とは何か?」と考えるようになりました。
そのときに考えたことは次のようなことです。
社会の最小単位は「あなたとわたし」という1対1の関係。ということは、「わたし」が「あなた」に対して何かしらの貢献をし、その対価としてお金をもらう。
お金をもらう順番は、こんな風になっている。だから仕事とは「誰かの役に立つこと」だ。ではその「誰か」とは、一体誰なのか?
ぼくの仕事でいえば、クライアントである企業、また一緒に仕事をするデザイナーやコーダー、究極的には、文章の読者が「誰か」になる。文章は、読んでもらうことで始めてその力を発揮するからだ。とはいえ大概は、クライアントに文章を納品することが多い。
大抵のクライアントはWebサイトを運営していたり、ソーシャルメディアやブログを使って情報発信しているけど、自分では文章が書けない、もしくは人手が足りないから、ライターに執筆を依頼している。
そのほかには、文章によって課題を解決したい、そしてそれができる人を探しているという想いでメディア運営をしている人たちもいる。だからぼくの仕事は「書くこと」によって「文章が書けない」とか「人手が足りない」とか「文章による課題解決」などの目的に、寄与していることになる。
ぼくはそれに対してお金をもらっている。
つまりいま現在の仕事では、書く技術とお金とを交換している。
こんな風に考えて、仕事にはあなたとわたしの「関係」だったり「提供」や「交換」という作用があったりするのだと思いました。
さきほど社会の最小単位は「あなたとわたし」という風に考えました。
では具体的に「あなたって誰のこと?」という疑問が沸いてきます。当時はクライアント(Webサイトを運営している人)のこと、ひいてはクライアントの「目的」でした。
するとこんどは「じゃあこの先ぼくは、誰と、いやどんな目的と付き合っていきたいのか?」という問いが生じます。次々に沸いてくる疑問に、答えていきました。
これに対する答えをひとことで言うと「共感できる人」となります。ぼくはひとつのものを長くつかったり、目の前のことに丁寧に接することを心がけているのですが、このことを大事にしている人とお付き合いをしたいという願望が心のなかにありました。
近ごろ(というか産業革命以降かな)は大量生産・大量消費社会になっていて、ひとつのものを大切に扱うという意識が社会全体として希薄になっているように感じます。
でも、ぼくはそれに抵抗したい。一時期、木工職人を目指していたこともあります。さらには、ヒノキをチェーンソーで切り倒して間引きしたり、荒れ放題の茂みを草刈機できれいにして太陽光が入るようにしたり、森をきれいにするお手伝いをしたこともあります。
この経験を踏まえつつ仕事に対する向き合い方を考えていくと、人材を使い捨て要員だと思わない、技術に敬意を払う、そんな人たちとお付き合いをしたいと強く思うようになりました。
自分の努力は言わずもがな、です。
それまでは、お金、お金、お金、という近視眼的な見方になっていましたが、自分の考えを掘り下げていくことでそこから開放されました。
お金の前には必ず人がいます。その人の役に立つことで、つまり何らかの価値を提供した報酬として、いろんなものと交換できるお金がもらえるという仕組みになっています。
「お金はどこからやってくるのか?」という最初の問いに戻ると、お金は自分以外の誰かのお財布からやってきます。ではその誰かは、どうしたら自分にお金を払ってくれるのか。
その答えは、その人の目的に貢献すること、つまり自分の何かをその人に提供することなんですね。繰り返しになりますが、フリーランスのライターとしては「書く技術」を提供することになります。また、書くことで、クライアントや社会の課題解決にまで貢献できれば、より仕事の価値もぼくの収入も大きくなるのではと思っています。
以上のすべてを踏まえると、ぼくの方針は「共感できる目的に、書く技術を提供したい」ということになります。この目的というのが、大量生産・大量消費モデルへの抵抗です(いまはもう少し変化していますが、当時の自分としてはこのような考えでした)。
「お金はどこからやってくるのか?」という問題に直面したことをキッカケに「誰に、何を提供していくのか?」という大切な問いに出会うことができました。
ここまではお金の正体やその背後に人がいること、ぼくの方針などを述べてきました。
あらためて「フリーランスにとってのお金とは?」を考えてみると、極端に言えば「捕獲対象」と言えると思います。会社員やアルバイトという働き方と比較すると、フリーランスは仕事に対して主体的になりやすい(むしろならざるをえない)からです。
会社員やアルバイトはすでに仕事が用意されており、お金とは雇用主から支給される「給料」であり、この関係が変わることはありません(もちろんすべての事例にあてはまるとは思いませんし、あくまでもフリーランスとの相対比較です)。
フリーランスの場合、例えばぼくが初めてライターの仕事をもらったときは、住み込みアルバイトの休憩時間に「ライター 求人」とインターネットで検索し、見つけたものにひたすら応募をしていました。
そしてお返事をもらえた仕事を死に物狂いでこなす、これがフリーランスとしてのスタートです。このとき、ぼくにとってのお金は捕獲対象でした。それが「お金はどこからやってくるのか?」という問いに出会うことで「仕事の目的に寄与した報酬」という捉え方に変化しました。
当時はただ必死なだけでしたが、主体的にならざるを得ないフリーランス(という働き方)は、働く相手、取り組む仕事を自分の価値観に従って選び取りやすいメリットがあるのだと思います。
もしあなたが今の働き方に疑問を抱いているとしら「いま手元にあるお金はどこからやってきたのか?」を考えてみることをすすめたいです。そのうえで「誰と付き合っていきたいのか?」を考え抜くことで何かしらのヒントがつかめると思います。
そしてお金との関係を変えたい、働き方を変えたいと思ったら、もっともっと主体的になることが必要でしょう(ぼくもまだまだですが)。いま現在会社員の方は、試しに副業に取り組んでみる、すでにフリーランスの方は、これまでと違う仕事をとりにいくなど、なにかしらの行動を起こしてみるといいと思います。
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SoloProプロデュースのサービス ■フリーランス・会社員対象「働き方デザイン」コーチング ■フリーランスの健康と仕事のオンラインサロン「FreeRun`s」 |
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]]>The post 移住は幸せの選択肢になる? 灯台もと暮らし編集長・伊佐知美さんと考える、私たちの生きる場所 first appeared on ソロプレナー(一人起業家)のウェルビーイングをととのえるメディア:SoloPro.biz (ソロプロ)」.
]]>地方移住。
この言葉は、最近テレビや雑誌で多く聞かれるようになりました。
けれど移住が身近になってきた今だからこそ、「移住を迷っているけれど決められない」「移住をしたいけど不安がある」そんな悩みを抱えている人もいるのではないでしょうか。
そこで今回、書籍「移住女子」の著者であり、Webメディア「灯台もと暮らし」編集長の伊佐知美さんに、新潟に移住した私が移住をテーマにお話をうかがってきました。
今の暮らしに迷いを感じている人、移住に興味がある人にとって、考え方のヒントになると思います。
| ◎伊佐知美さん 1986年生まれのライター、エディター、フォトグラファー。三井住友カード、講談社勤務を経て独立。現在は㈱Waseiに所属。国内外を取材&移動しながら暮らしています。著書に『移住女子』(新潮社)。 Twitter:https://twitter.com/tomomi_isa 世界一周ブログ:https://note.mu/tomomisa ポートフォリオサイト:tomomiisa.com |
| ◎フリーライター/ルリ子 2016年より新潟を拠点にライターを始める。観光やグルメ情報をメインに各Webメディアへ寄稿。個人メディア「暮らしミル」では地方で生きる方たちに取材をしています。 Twitter:https://twitter.com/ruricocoa 暮らしミル:http://kurashimiru.com/ |
ルリ子:伊佐さんの著書「移住女子」では、移住された8人の女性に取材をされています。最近では移住という言葉がよく聞かれますが、移住することは幸せの選択肢になると思いますか?
伊佐:はい、「移住したら必ず幸せになれる」とは言い切れないけれど、「移住が幸せの選択肢になるかどうか」の問いなら、確実にYESです。
ルリ子:そう断言できるのはどうしてですか?
伊佐:彼女たちは震災などをきっかけに、「お金に頼りすぎず、食べるものは自分で作ろう」と住居地を見つめ直したり、新しい土地でやりたいことを見つけたり、前向きな理由で移住をしている、と私の目には映りました。
もちろん新しい土地で信頼を積み上げていく努力や覚悟は必要だと思いますが、彼女たちが幸せに生きているのは、自分の選択に納得感をもって移住したからだと思います。「幸せってなんだろう?」って私もよく考えるテーマ。難しいけれど、選んだ人生に納得感が持てるかどうかって、すごく大切な気がしています。
ルリ子:納得感かぁ。私の場合は結婚を機に夫の出身である新潟に移住をしたので、最初から住む場所に納得感を持つことが難しかったんですよね。
伊佐:うーん。でも最愛のパートナーと一緒に暮らしの基盤を作れるって、とっても美しいことだと私は思いますよ。住んだ場所が合わなかったら、パートナーの責任にしやすいというのはあるかもしれないけど、何かあったら相談もできるし。自分ひとりだったら、責任を取るのはいつも自分しかいないですよね。
ルリ子:そうですね、頼れる人が側にいるのは心強いです。ただパートナーがいるとふたりで話し合う必要があるので、独身の方が移住しやすいですよね?
伊佐:「身軽さ」で言えば、独身の方がいいですね。ひとりだったら好きに選べるけれど、ふたりならふたりで一緒に選ぶ必要がある。さらに子どもがいれば、教育環境も大切な要素。
ただもしルリ子さんが独身で、場所を問わずに仕事ができるとしたら、どこに住んでもいいわけですよね? 自由だからこそ、選択肢が増えて悩みも増えてくるんじゃないですかね。難しいな〜。人生はバランスだ(笑)。
ルリ子:身軽さや自由は独身の方があるけど、選択肢が多いのも悩みどころですね。移住地の見極めはそれだけ難しさがあると思うんですが、「移住女子」の方たちは、しっかりと自分に合う場所を見つけていますよね?
伊佐:彼女たちも最初からうまくいっているわけではなくて、新しい土地で適応していくまでに色々な苦労があったと思います。私はよく、「彼女たちの未来と、地域の未来が重なっているから幸せそうに見えるのでは?」と言いますが、自分に余裕がなければ、地域のために何かをしようとは思えないですよね。
「心地よく暮らすためにはどうすればいいだろう?」と考えた先に、移住という選択肢や、暮らしたい場所、ひとを見つけたんじゃないかなぁ。
ルリ子:「移住女子」では、岩手県で自然栽培農法の農家を営む方や、宮城県で漁業の魅力を発信している方がいますよね。みなさん志が高くて、人や地域のためになることに率先して取り組んでいるので尊敬してしまいます。
私は新潟に移住してからライターとして新潟の魅力を発信しているけど、まだ具体的な何かや地域に貢献できていない気がするなぁ。
伊佐:そうなんですか? 移住しただけでもすごいと思うけどなぁ……。今のままじゃだめなんですか? 私は、必ずしも移住して何かをしなきゃいけないとか、目的ありきで移住しなきゃいけないとは思わないです。
ルリ子:それはどうしてですか?
伊佐:「地域のために何か貢献しよう」とか「何かを達成しよう」ってすごく尊い意思だけれど、自分が目指していることが、必ずしも地域の方々が望んでいることなのかと聞かれると、わからないですよね。もしかしたら、移住してきてくれただけで、若い人の往来が増えてうれしいと思ってくれているかもしれないし、スマホが使えるってだけですごいかもしれない。
実際、移住前に意気込んでいたことと、移住後に手がけていることが全然変わった、という移住者の方々に多く会ってきました。「ひとりよがりだったな」という声も聞いたことがあります。
さっきと似たような話になるけれど、「移住女子」の彼女たちは、「好き」を追求した結果、いまの人生があるんだと思います。
……まぁ、先駆者だから、たしかに本に出てくるひとはみんなパワフル。みんなが同じことをできたら、それはそれですごい世の中かも?(笑)。
ルリ子:自分の好きな暮らしができて、自然とそれが地域のためにもなっていたら素敵ですね。
伊佐:東京には新しいことをする隙間はあんまりないけど、地方だとまだやられていないことがたくさんあるから、ないものを作ろう、と思えたら楽しいと思います。ただみんな手放しで「ここ最高!」とは思っていなくて、地域の中でチャレンジできることや、ワクワクできることを見つけているんだと思いますよ。
ルリ子:伊佐さんは世界各国を旅されていましたが、これからどこで暮らしていきたいですか?
伊佐:場所は迷い中ですが、東京以外にも拠点を置きたいと思っています。その理由には、原稿を書くときは、できたら東京のリズムから逃れたいというのがあるんですよね。
ルリ子:東京のリズムというと?
伊佐:東京にいると電車は遅くまで動いているし、仕事が終わってやっと帰ろうかと思ったら、飲み会のお誘いがくる。楽しそうだからと行ってしまって、それをずっと続けていると、自分と向き合うことや作品を作る時間が滞ってしまうから、そういうリズムから切り離したいと思っているんですよね。私、放っておくと予定を埋めがちな女なんです……。
ルリ子:私も東京にいたころ、会社帰りに飲み会に行ったり、遅くまで空いているお店で時間を潰したりしたなぁ。東京では時間の使い方を自分でしっかりコントロールしないと、誘惑も多く流されやすいですよね。
伊佐:私が旅したオーストラリアのバイロンベイは、夕陽がきれいで、その時間になるとみんな夕陽を見に外に出てくるんです。私の場合は、そういった時間の過ごし方ができたらいいなと思うんですよね。
ルリ子:もし今移住に迷っている人がいるとすれば、どうしたらいいと思いますか?
伊佐:どうして迷っているのかを考えた方がいいんじゃないんですかね。お金の心配があって迷っているとか、何か理由があるとは思うんですけど。「今より自然が多いところに住んで野菜を作りたい」とか、「今の人間関係から逃げたい」とか、「なぜ今の暮らしを変えたいと自分が思っているのか?」をちゃんと考えるのが近道な気がします。
もし野菜を作りたいなら、地方じゃなくても畑を借りられる場所はあるし、自分で食べられる量だけでいいなら、身近で実現できるかもしれない。
ルリ子:やりたいことが今の暮らしのまま実現できるなら、移住する前にやってみた方がいいですよね。
伊佐:そうそう。あ、あとは移住する前に「スライド」を取り入れる、というのもいいかも。
ルリ子:スライド?
伊佐:二段階移住、と呼ばれることもありますが、それを実践するひとも増えてきています。例えば、いきなり東京から福岡に引っ越すのではなく、週末だけセカンドハウスを借りて何度か通ってみる。で、慣れてきたら、1週間休暇をとって週7で滞在してみる、とか。「0をいきなり10にするんじゃなくて、1を作って育てていこう」という考え方ですね。
ルリ子:でもそのためには、ある程度の貯蓄が必要ですよね。
伊佐:そうですね。よく移住される方は100万円ほど用意していると聞きます。でも、300円しかないのに移住してしまったという人もいるので、人によりますよね(笑)。
ルリ子:300円はすごいですね(笑)。
伊佐:先日、灯台もと暮らし編集部で青森の十和田市の無料の移住お試し住宅に泊まってきました。このように、移住体験に力を入れている自治体も多いので、充分な貯蓄がないという人は、まずそういった施設を利用してみるのも手だと思います。
ルリ子:それは助かりますね。一番最初に「移住したら必ず幸せになれるとは言い切れない」、とおっしゃっていましたが、移住以外にはどんな選択肢があると思いますか?
伊佐:「今のまま」ですね。
ルリ子:今のままですか。
伊佐:本の中にも少し書いているんですけど、今の暮らしを自分で選んでいなかったり、納得していなかったり、他の選択肢を持てていなかったりして、何かしら今の生活に引っかかることがあるなら、他の暮らし方を検討してみてもいいと思います。
それで本当に自分にあった暮らしを考えた結果、「今のままを選ぶ」と思えたら、それがその人にとって最適だと思うんです。何を求めているのかがはっきりしないと、移住って絶対成功しないと思うんですよね。
ルリ子:その通りですね。
伊佐:知らないことをやるって絶対怖いじゃないですか。でもただパソコンの前で座って、画面を眺めて考えていても、何もわからないですよね。
移住は旅の延長線上だと思うので、気になる場所があるならまずは行ってみてほしいなぁって思います。
今回のインタビューをさせていただいた時、私自身が本当に自分の望む暮らしをできているかどうか、迷いの中にいました。
移住は決して、今の生活を魅力的に変えてくれる魔法ではありません。けれど、時には立ち止まって今の暮らしが自分の納得のいくものになっているかどうか、見つめ直すことも大切だと感じます。
これから先どんなライフスタイルを送りたいか。そのイメージを自分の中にしっかりと持つことができたら、きっとその時が暮らしをより良いものにするタイミングなのではないでしょうか。
The post 移住は幸せの選択肢になる? 灯台もと暮らし編集長・伊佐知美さんと考える、私たちの生きる場所 first appeared on ソロプレナー(一人起業家)のウェルビーイングをととのえるメディア:SoloPro.biz (ソロプロ)」.
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