ママだって、一人の女性として自分の人生を生きよう。ブランドプロデューサー渡辺佳恵さんに学ぶ、仕事と子育ての両立法

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多くの女性にとって、子供を授かり育てることはとても幸せなこと。しかし、実際には仕事が面白くなってきたタイミングでキャリアを中断しなければならなかったり、子育てをしながら働くことに葛藤を抱えたり……。特に個人で仕事をしているフリーランスのママは、近くに同じ境遇の女性がおらず、誰にも相談できずにモヤモヤしている方もいらっしゃるかもしれません。

そこで学生時代から雑誌のライターとしてキャリアをスタートされ、現在は会社を設立しブランドプロデューサーとして活躍されている渡辺佳恵さんにインタビューを企画。大好きな仕事をしながら、どのように仕事と子育てを両立してきたのか、お話を伺いました。

▼渡辺佳恵
One to Ten ブランドプロデューサー/CEO

大学在学中から雑誌のライターとして活躍し、CanCamに14年在籍。2003年にはフリーの編集者ながら同誌初のファッションディレクターに抜擢。社会現象にまでなった一連のCanCamブームを巻き起こし、同誌の売上を20万部から80万部まで伸ばす。その後、独立して会社を設立。現在は育毛&美髪専門サロン「RESALON」をはじめ、ビューティ、食、ファッションなど様々な女性向けブランドのクリエイティブ・ディレクションやプロデュースを中心に活動。本音で語る恋愛マガジンLipsのメディアプロデューサーも務める。プライベートでは18歳の女の子のママでもある。

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学歴やコネ、特別なスキルがなくても、自分が輝ける場所を見つけた

ーーー佳恵さんは、大学在学中からライターの仕事を始め、フリーランスになられたとのこと。その経緯を教えていただけますか?

実は大学4年生になっても、就職先が決まっていなかったんです。そんな時、読者モデルとして出入りしていた雑誌の方から「ライターに向いてそうだから、うちで働いてみたら?」と声をかけられて。それがフリーのライターになったキッカケです。

正直、その頃の自分は何者にもなれないと思っていたんですよ。いい大学に行っていたわけじゃなかったし、コネもないし特別なスキルもない。さらに大学時代は365日合コンかデート、またはバイトをしてるか……という感じだったので、もう結婚しか選択肢がないと思っていたんです。でも、そんな私がライターをやってみたら楽しかったし、「こんな私にもできることがあるんだ!」と分かり、初めて本気で仕事をしようと思いました。

駆け出しの頃は、男性誌やキャリア女性向けの雑誌で記事を書いていたのですが、ある日同じフロアにあるCanCam編集部の方に声をかけていただき、そこでライター活動を開始。学生時代から穴があくほど読んでいた大好きな雑誌でしたし、CanCam編集部は若いライターでも企画からページの構成、ライティングまで一貫して任せてくれるという恵まれた環境だったので、それこそガムシャラに働きました。

でも、最初はダメダメなライターでした。今でも覚えているんですが、いつも締切の前日は徹夜をしてギリギリに原稿を提出していたので、担当の編集者に「お前向いてないよ。辞めちまえ!」と言われたことがありました。その日は悔しくて悲しくて、編集部でワンワン泣いたのですが、その時作った特集が、なんと読者の選ぶ良かった特集の3位に選ばれたんです。すると担当編集者からも、「お前向いてないと思ってたけど、意外にイケんじゃん」と褒められ自信に繋がりました。そこからは、とにかく自分が手がけた特集は10位以内に入るようにと、一人で目標を掲げて努力を続けていったら、結果がついてくるようになりました。

雑誌のフリーライターって何の契約もなくて、来月、再来月も仕事をいただけるかなんて、全くわからないんですよ。今月手がけた企画が良ければ、来月も仕事がくるという世界。だから毎月毎月が勝負なんですよね。不安定な仕事ではありましたが、逆に言うと、頑張れば頑張った分だけ任せてもらえるページが増えて収入も増えていく。その頃は月に50~60万円、多いときは100万円ぐらいもらっていましたし、頑張った結果が目に見えて分かるので、私の性分にはすごく合っていたんですよね。

30歳で出産。色々な人の手を借りながら子育てをし、仕事を続けた

そんなことをしているうちに、学生時代からお付き合いしていた彼と結婚をして、すぐに妊娠が分かりました。もうちょっと仕事で成果を出してから子供を産みたいと思っていたので、予期せぬ妊娠だったのですが、せっかく授かった命だからと、30歳で出産。暫くは子育てをしながらゆっくり過ごそうかなと考えていたのですが、出産して2週間目には早く仕事がしたくて仕方がありませんでした(笑)。というのも、家事って仕事のように手応えを感じないんですよね。例えばローストビーフを3時間かけて作っても、旦那さんの「美味しいね」の一言で終わってしまう。これまで私は、努力が目に見えてお金になり評価される仕事をしていたので、それでは物足りなかったんですよ。

そこで出産して3ヶ月後には職場復帰をすることに。最初は一時預かりの保育所に預けて時短で働き始め、のちに保育園に預けました。私の仕事って何時から何時まで会社に行かなければいけないという仕事ではないので、保育園にお迎えに行ける日は自分で行って、どうしても帰宅が遅くなる場合は旦那さんや専業主婦をしていた妹、ベビーシッターさんにお願いし、両立していきました。そうやって色々な人の手を借りて子育てをしていきました。娘は今でも一切人見知りをしないのですが、それは小さい頃から色々な人に関わって育ったからなんじゃないかなと思いますね。

CanCam史上初の大抜擢!同誌の売上を4倍に伸ばすも、子育てをしながら働くことに葛藤の日々

娘が2歳になった時、CanCamのファッションディレクターに抜擢いただきました。これはCanCam史上初の試みで、私のミッションはとにかく売上部数を上げること。そのために当時は本当に寝る間を惜しんで働きました。

例えば、18時に保育園に娘を迎えに行って、ご飯を食べさせて寝かしつけをし、旦那さんが家に帰ってきたら、夜中の12時にもう一度会社に戻って、朝までファッションコーディネートのチェック。朝、家に再び帰り、娘を保育園に連れていく……なんていうことをしょっちゅうやっていました。体力的にはキツかったのですが、読者が喜ぶページを作ろうと必死に働いたら、CanCamが次第に売れるようになり、売上が20万部から80万部までアップしました。

一方で、子育てをしながら働くことに葛藤を感じたのもこの頃。ちょうど娘が2歳のイヤイヤ期に突入し、保育園へ預ける度に、「ママと一緒じゃないと嫌だ!」と泣かれて、毎日心臓をキュッと掴まれるような思いを経験しました。自分は大好きな仕事をしているけれど、娘をこんなに泣かせてまで働き続けていいのだろうかと悩みましたね。そこで、信頼している保育園の先生に相談したところ、こんな風にアドバイスをしてくれました。

「こうしなくちゃいけないという親子関係なんて、ない。親子が100組いたら、100通りの愛情の形があっていい。人間関係は作っていくものだから、娘さんと渡辺さんが幸せだったら、周りにどう見られようと言われようといいのよ。渡辺さんが娘さんを愛しているということが本人に伝われば、それで充分24時間365日一緒にいることだけが愛情じゃない」と。

そう言われた時に、すごく気持ちが楽になりました。人間関係にルールなんてないはずなのに、世間一般ではなんとなく「お母さんはこうあるべき」という暗黙のルールがある。でも、世の中のカップルにルールがないように、親子にもルールはない。すべては捉え方次第なんだと気づきました。この言葉のおかげで、CanCamで結果14年間もフリーランスとして働くことができたし、会社を立ち上げた今も、仕事を続けられています。その保育園の先生には、今でも本当に感謝していますね。

子育てをする上で意識してきたこと

ーーーお子さんが成長するごとに、その時々でお母さんの悩みは変わってくると思います。これまで渡辺さんが子育てをする上で意識していたことはありますか?

(1)無数の選択肢を見せてあげる

親の役目は、子供の可能性を広げてあげること。そのために親がすべきことは、無数の選択肢を見せてあげることなんじゃないかな、とある時思いました。

少ない選択肢の中から選ぶのと、たくさんある中から選ぶのとでは全く違ってくる。「世の中にはこんなに多くの選択肢があって、その中でどう働きたいか、どう生きていきたいかを選ぶのはあなただよ」と言ってあげられる母になりたいと思ったのです。

幸いにも私の周りには、グラフィックデザイナーさんやカメラマンさん、モデルさんなど、それぞれの強みを活かして活躍している人達がたくさんいたので、時々家に招いて娘も含めて一緒に食事をしました。その中で、娘も世の中には色々な活躍の仕方があることを学んでいたんじゃないですかね。

(2)親の価値観を押し付けず、自分で考える子に育てる

「~すべき」と頭ごなしに言わないように意識しています。もちろん法律に触れることや、人を傷つけるようなことは注意しますが、そうでなければ、まずは娘の意見を聞く。その上で「ママはこう思うよ」と伝える。親の考えを押し付けすぎずに、娘が考える余地を与えるようにしています。

なぜなら、これからどんどんテクノロジーが発達して、多くの仕事がAIにとって代わられる時代がやってくるから。そうなった時に、言われたことを正しくやる人間より、自分で考えて行動できる人間じゃないと生き残れなくなるでしょう。生きる力を身につけるためにも、世間一般で言われている「~すべき」という常識を鵜呑みにするのではなく、自分で考えられる人に育ってほしいなと思っています。

(3)子供の個性や強みを伸ばしてあげる

日本の学校では、短所を底上げして、尖っている個性や強みをはみ出ないようにと教育する傾向があります。確かに、平均的に何でもこなせて、従順な労働者をたくさん育ててきたからこそ、日本の高度経済成長に繋がったとは思います。でも、これからってそういう時代じゃないですよね。皆ができることができても仕方がない。それよりは、その人じゃないとできない個性や強みを伸ばしてあげるべき

先ほどもお話しましたが、私自身、世間一般でいう優秀な人材ではありませんでしたが、自分が輝ける場所を見つけることができた。雑誌が大好きで、世の中で何が流行っているかリサーチするのが得意……就職活動をしていた時には、そんなものが能力になるなんて全く思っていなかった。でも実際、たったこの2つだけで、活躍することができたのです。

人には必ずいい所があるあとはマッチングの問題。自分の人生でそれを実感しているので、娘には「個性や強みを見つけて、それを活かせる場所を見極めなさい。そして自分の付加価値をいかに高めるかということを、ずっと考えて生きていきなさい」と言っていますね。

一人の女性として、自分の人生を生きよう

ーーー最後に、仕事に子育てに奮闘するフリーランスのママへメッセージをお願いします。

娘が2歳の時、仕事を続けるべきか悩んだお話をしましたが、一方でその時に思ったのが、「ここで仕事を辞めてしまったら、私は将来、娘のせいであんなに大好きだった仕事を辞めたんだと恨んでしまうかもしれない」ということ。でもそれって、娘からしたらいい迷惑。「そんなの頼んでないし、私のせいにされても……」と思うでしょう。

娘の人生は当たり前だけど、彼女のもの。一個人であって、私の所有物じゃない。娘が成長しいつか親元を離れる日が訪れた時、私が一人の女性として、自分の人生を楽しんでいなければならない。「子供のために、家族のために」とやりたいことを諦めて、自分の人生を生きなかったら、私にとっても娘にとっても不幸になってしまいます。

今振り返ると、あの時保育園の先生にアドバイスをいただいて、仕事を辞めずに今まで続けてきて、本当によかったなって思うんです。もしこの記事を読んでいる方で、仕事を続けたいと思っている方がいらっしゃったら、仕事と子育てを両立する方法はたくさんあります色々と工夫しながら、自分の人生を生きてほしいなと思います

 

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ABOUTこの記事をかいた人

鮫川佳那子(さめこ)

【NY在住ライター/ニューヨーク女子部♡主催】 青山学院大学卒業後、サイバーエージェントに入社し広告制作・メディア編集に携わる。現在はニューヨークの新聞をはじめ様々な媒体でコラムの連載や、海外で活躍する日本人のインタビュー記事を執筆。またNY在住の20~30代女性が300名以上所属するコミュニティ「ニューヨーク女子部♡」を主催し、イベント企画運営も行っている。