「人生は短い。やりたいことは即行動!」世界で活躍するコピーライターでアーティスト・西村麻里さんの、ゼロからチャンスを作る方法

ファイル_000-2ニューヨーク、ロサンゼルス、ミラノ、ベルリン、台湾…etc。様々な国で活躍しているコピーライターでアーティストの西村麻里さん。しかし、独立後に進出した海外には人脈もなく、ゼロからのスタートでした。西村さんはどのようにして、海外で夢を叶えていったのか。その道のりを伺いました。

◎西村麻里
コピーライター・クリエイティブディレクター/ アーティスト
広告代理店を経てコピーライター・クリエイティブディレクターとして独立。TCC、ACC、CLIO、ONESHOW等、国内外の広告賞受賞歴多数。アーティストMari Nishimuraとしても世界で活躍中。
facebook:
https://www.facebook.com/mari.nishimura.750

問題児と言われた子供時代、自分の強みにフォーカスした

ーーー西村さんは小さい頃、どんなお子さんでしたか?

子供の頃は独創的すぎて、突拍子もない行動をとっては周囲を困惑させてしまう子でした。保育園の時は、『メリーポピンズ』という絵本を読んで、主人公の女性が傘を持って空を飛ぶシーンに影響され、保育園の2階から傘を持って飛び降り、全治半年の複雑骨折を負ったり。小学校の時は、江戸時代の参勤交代に関する本を読んで、「江戸に行かなければ」とどこかに行ってしまったり。

集団生活に馴染めず、周りからは問題児扱いをされ、学校の先生には脳の病気なんじゃないかとまで言われました。学校に通うのは辛かったですね。だから人と群れずに一人で図書館にこもって本を読んだり、絵を描いていました。当時は辛かったけれど、今考えてみると、そうやって自分の世界に入り込むことが多かったからか、よく作文や絵で賞をもらっていました。すると「あの子はちょっと変な子だけど、作文や絵はすごい!」と、そこだけは認めてもらえるようになりました。次第に自分に自信を持つことができ、高校卒業後は、日本の美大やカナダのデザインカレッジで学びました。

広告代理店時代、世界では『日本らしさ』が武器になると知った

卒業後は、地元熊本県の広告代理店でデザイナーとして就職したのですが、当時の上司から言葉を扱う仕事の方が向いていると言われ、コピーライターに転身。「デザイナーあがりのコピーライター」と言われるのが悔しくて、寝る間も惜しんでコピーの勉強をしました。今振り返ってみても、あの頃は本当に頑張っていて、1つのCMを作るのに5000本ぐらいコピーを書いていましたね。その甲斐あってTCC新人賞、審査員賞、電通賞、FCC賞など国内の賞を複数いただくことができました。

その後、国内広告代理店を経て、外資の広告代理店に転職。今度は海外の広告賞受賞がミッションの部署に配属されました。幸いクリオ賞、ONE SHOW、スパイクス賞など海外の広告賞も受賞できました。そこで海外の方々に評価されたのが、『和』のモチーフ。世界では『日本らしさ』が武器になることを知ったのです。またその頃の私は、広告という枠にとらわれず、何か新しい表現をしたいと感じていました。そこで昔から好きだった絵を描くこと、それも『和』のモチーフを描いて、アーティストとして世界でチャレンジしようと思い立ちました。

同じぐらいのタイミングで、コピーライター・クリエイティブディレクターとしても独立。プロジェクトベースで、信頼できるメンバーとチームを組んで仕事をする働き方に変えました。今の時代は、Skypeでクライアントの会議に出席できるし、メールでやりとりもできる。会社員時代は、海外に長期滞在することなんてできなかったけれど、この働き方に変えてから、時間や場所にとらわれず仕事ができるように。お陰でアーティストとしても、海外で活動しやすい土壌ができました。

スキルの掛け算で、『人がやっていないこと』に挑戦

ーーー海外でチャレンジしようと思ってから、何を始められましたか?

ちょうどロサンゼルスでアート展があるという情報を得たので、そこに出展する資金集めをするために、クラウドファンティングに挑戦しました。なぜクラウドファンディングかというと、2つ理由があります。1つは、人と違うことをしたかったから。女性でコピーライターなんて沢山いる。女性×コピーライター×アーティストも、珍しくない。じゃあ、そこに何を掛け算すれば、まだ誰もやっていない面白い企画になるか考えました。

もう1つは、アートと広告のスキルを掛け算したかったから。学生時代はずっと絵を描いてきた。社会人になってからは、ずっと広告の仕事をやってきた。じゃあアートと広告のスキルをミックスしようと思った時に、当時新しいプロモーション方法だったクラウドファンディングに着目したんです。

最初は資金が集まると思っていなかったのだけれど、あれよあれよという間に集まり、最終的にロサンゼルスでアート展を開催するという夢が叶いました。

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『元気』の還元で、巡り巡って自分に返ってくる

ーーー当時まだやっている人が少なかったクラウドファンディングで、なぜすぐに資金が集まったのですか?

実は、クラウドファンディングに協力してくれた人たちの8割は、私のSNSをフォローしている女性でした。女性って仕事や結婚、出産など色々な転機があって大変ですよね。私はここ10年、悩んでいる女性達に少しでも前向きになってほしい、幸せになってほしいと思って、ブログやツイッター、メルマガやインスタグラムなどのSNSでずっと発信を続けていました。また女性のためのNPOプロジェクトもいくつか立ち上げていて、妊婦さんのためのサービスや、ガンになり髪の毛が抜けてしまった女性達にウィッグを提供するサービスにも関わってきました。そんな私の発信や活動を見てくれていた女性達が、「世界で挑戦したい」という夢を応援してくれたんです。

最近、『元気』って還元されるんだなぁって思うんです。私は女性達に元気になってほしくて、好きで色々発信したり活動したりしていたけれど、結果的に返ってくるんですよ。すると、私もさらにお返したくなるから、そのサイクルがどんどん大きくなっていく。海外でアート展をするという夢が叶ったのも、そう。私が誰かのために夢中でやっていたことが、巡り巡って返ってきたんじゃないかなって思うんです。

とにかく行動あるのみ!300通ポートフォリオを送り、NYにみずから渡り直談判!

ーーーロサンゼルスの後は、ニューヨークでも個展をされました。これはどういう経緯で実施に至ったのですか?

ロサンゼルスでの個展が好評だったので、次は世界のアートが集まる街ニューヨークでやりたいと思いました。でも全く人脈がなかったので、ニューヨークにある300ぐらいのギャラリーにメールで、自分はどんな想いでどういう作品を描いているかポートフォリオを送りました。ほとんどのギャラリーからは返事がなかったのですが、そのうち約40のギャラリーからは返信があったので、「これは直接行って想いを伝えよう」とニューヨークに行き、片言の英語でジェスチャーも交えながら交渉。いくつかOKという返事をくれるギャラリーがあったので、2017年の2月、初めてのニューヨーク個展を開催しました。幸いにも龍や孔雀、桜など『和』のアートがニューヨークの方々から好評いただいたので、今年2017年9月に第2回目の個展を開催することが決定しました。

また、このニューヨーク個展開催中に、ある広告代理店の方と出会い、コピーライターとしての仕事もいただきました。次回ニューヨークへ行く際は、個展を開催しながら広告の仕事もする予定です。私は昔から、人脈は活かす派です。「この人は!」と思う人に出会ったら、遠慮せずチャンスを掴みにいくタイプなんですよね(笑)。

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人生は短い。やりたいことは即行動!

ーーーギャラリーに直談判するために、ニューヨークに初めて来たのが1年前。短い滞在の間に、コピーライターとしてもアーティストとしても、お仕事が次々と生まれていて凄いですね!そのバイタリティはどこから来ているのですか?

実は、10代から20代にかけて好きな人や恋人、すごく可愛がってくれた上司など大切な人達が突然亡くなってしまうことが多かったんです。そして彼らはみんな、亡くなる前に「人生は本当に短いから、やりたいことをやって生きなさい」という言葉を残していきました。若い内に死を目の当たりにする機会が多かったので、「いつ死ぬか分からないんだから、本当にやりたいことは全部やろう!むしろやりたいことに絞って、行動しよう!」というのが、いつも私の根底にあるんです。よく「いつか◯◯したいな」と言う人がいるけれど、その「いつか」が来る前に死んでしまうかもしれない。だから私はいつも、即行動ですね。

死ぬ直前まで、成長したい

ーーー最後に、今後の目標を教えてください。

もっと世界の色々な所でチャレンジしていきたいですし、棺桶に入る直前まで成長していきたいです。あのゴッホやセザンヌも影響を受けた、江戸時代に活躍した浮世絵師・葛飾北斎は亡くなる直前に、「あと10年生きたら、立派な絵を描けたのに」と言ったそうです。あの北斎のレベルでも、さらに上を目指し自分を磨き続けた。私はそういう生き方に憧れる。

コピーもアートも自分の中で満足したら、そこで終わり。死ぬ間際まで成長していきたいです。

 

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1 個のコメント

  • 素晴らしい‼︎
    いつも西村麻里さんには元気をもらっていますが、このインタビュー記事でまた背中押されました。躊躇してる暇はない、やりたかったら前進あるのみ、でないと今世いつ終わるかわからない。この記事は、大好きな西村さんを紹介するのにぴったりですね、ありがとうございます。

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    ABOUTこの記事をかいた人

    鮫川佳那子(さめこ)

    【NY在住ライター/ニューヨーク女子部♡主催】 青山学院大学卒業後、サイバーエージェントに入社し広告制作・メディア編集に携わる。現在はニューヨークの新聞をはじめ様々な媒体でコラムの連載や、海外で活躍する日本人のインタビュー記事を執筆。またNY在住の20~30代女性が300名以上所属するコミュニティ「ニューヨーク女子部♡」を主催し、イベント企画運営も行っている。